退任を発表したアレッサンドロ・ミケーレが〈グッチ〉にもたらしたもの。デビュー当時のインタビューから振り返る

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色はエネルギーをもたらす。
中でも赤はマジカルで特別な色なんです

衝撃的なデビューだった。前任のフリーダ・ジャンニーニ(*1)が準備した幻の2015-16年A/Wコレクションは、すでにサンプルが出揃っていた。そのタイミングで突然、交代が告げられたのだ。その時の様子を本人の口から語ってもらった。

ファッションデザイナーのアレッサンドロ・ミケーレ
2015年1月のミラノコレクションのバックステージにて。ランウェイ前の最終チェックを自ら手がける。©Courtesy of Gucci

「とにかく時間がありませんでした。クリエイティブ・ディレクター就任を正式に打診されたのは、ショーの1週間前。ショールームから彼女の作った服を外すことが、最初の仕事でした。僕はまず、今までと違うコレクションをイメージしました。

ショールームでデザインから縫製までの服作りをスタートさせ、本当に5日間でショーピースを作り上げたんです。実際に服を作るにあたり、まずは僕自身の“美”に対する考えを明確に表現する必要があったから、ヴィンテージの服や生地、デザイン画など家にあった自分のコレクションをたくさん持ち出してきて、デザインチームとイメージを共有するための参考材料にしました。

だから、パーソナルなショーといっていいかもしれない。幸いにも長いキャリアの中でグッチというブランドの歴史やアーカイブを熟知していたから、そこにコンテンポラリーな要素を加えて、ブランドそのものを蘇らせたのです。僕にとってグッチは第二の家みたいなもので、1日10時間は過ごす場所だから、すごく自然体でできたと思います」

そして、彼をクリエイティブ・ディレクターに起用した、CEOマルコ・ビッザーリ(*2)の後押しも大きかった。

「すべての物事は“エネルギーとカルマ(*3)”で成り立っていると思います。ファッションの仕事は、自分のすべてを捧げる必要があるから、膨大なエネルギーを消費するでしょう?そんな話を含め、マルコとは服作りや、ブランドのあり方など議論を尽くして、意気投合したんです。

この出会いは運命みたいなもの。とても頭のいい人だし、クリエイティブな仕事をする人なら、彼みたいなリーダーの存在に憧れると思う。僕は本当に恵まれている。人生において、こういうことは必然的に起こり得るんですね」

そして、実際に作られたコレクションは、これまでのイタリアブランドに見られる、マッチョでセクシーな男服といったイメージとは一線を画していた。アレッサンドロが理想とする服作りについて聞いた。

「僕にとって重要な仕事は、ファッションに何か一つ加えて美を与えること。例えば、イタリアが誇る偉大なデザイナー、ウォルター・アルビーニ(*4)。彼は60〜70年代に、それまでになかった男性像を創造したんです。男らしく見せたり、時には女性的に装うなど、男性がクローゼットに持っているアイテムの範疇ではあったけれど、当時としては新しい試みをプラスしたと思う。

僕の場合は、女性のワードローブからうまく取り入れるのが好きで、もちろんその反対の場合もある。“美”というものを純粋に追求するなら、ステレオタイプな考えを取り払って自由に考えるべきと考えています。男性と女性それぞれの美しさがあり、男女の服にそれぞれの美があるし、その中間の美もあると思う。だからといって僕は自分と違うモノ作りをする人を否定はしません。ただ美学の表現の仕方が違うというだけだから」

ファッションデザイナーのアレッサンドロ・ミケーレ

もはやジェンダーフリーなどといったワードすら超越したところに表現の可能性が広がっているのだ。もう一つ忘れてはならないのは、彼の美意識を下支えする、ヴィンテージやアーカイブへの造詣の深さと愛情だ。

「僕の作る服を見て、たくさんヴィンテージをコレクションしているように思われがちだけど、実はそんなに持っていません。すべて自分の記憶の中の、イメージを再現してデザインに生かしています。ヴィンテージや、グッチのアーカイブをコピーするのはただの懐古主義だし、なんの意味もないから。

例えば、年代やテイストを超えた組み合わせをした時に、初めて表現は新しくなる。いわば“フェイクヴィンテージ”なんです。だから僕の創り出すものは決して古いものではないということ。モデルのヘアは最近のブルックリンにいる青年みたいでしょ?それが過去と現在を分ける方法であり、結びつける手段でもあるんです」

グッチに入社して14年。2人のクリエイティブ・ディレクターの下で働きながら、ブランドのアーカイブやスピリットについて、人一倍考えてきたのかもしれない。

「グッチはトスカーナ州のフィレンツェで生まれ、創設家一族も職人もフィレンツェで生まれ育ちました。グロテスク(*5)や、古代ローマ時代からの遺跡や建物を見ながら過ごし、お決まりのカフェで数え切れないほどコーヒーを飲んでたはず(笑)。ブランドの草創期を振り返ると、目線はルネッサンスそのものです。

でも、その後長い年月をかけて培った、トスカーナの貴族や世界を駆け回るジェットセッターを満足させるノウハウ(*6)があった。それは60年代以降にチネチッタ(*7)の映画人を通じてアメリカに渡り、大成功を収めました。僕が思うに、グッチのモノ作りには魂が宿っている。

だからトム・フォード(*8)が素晴らしい功績を残せたのも、栄光あるアメリカンテイストの時代をモチーフに、さらに新たな息を吹きかけて、見事にモードを再構築したからだと思うんです」

新生グッチのアイテムは、見るとオーセンティックな商品も少なくない。アレッサンドロの緻密なスタイリング術によって、世界観は大きく増幅しているのだ。

「そこが一番クリエイティビティを発揮するべきところなんじゃないでしょうか?あくまでも自分の考えですが、服の組み合わせだけを考えるのではなくて、着る人がどんなキャラクターを思い描くのかも大事。極端な話、ペルーの帽子と、中国のドラゴンの刺繡の帽子をかぶり間違えたら、服の表現は変わってしまう。

アートだって、どこに置くかで見え方がまるで変わるのと一緒ですよ。この話は初めてするんですが、実は僕の母はチネチッタで映画の仕事に携わっていました。例えば、オードリー・ヘップバーンだと『麗しのサブリナ』(*9)の衣装も母親が手がけていたのです。50年代当時は、映画の登場人物のような服が欲しかったら仕立てるしかなかった時代。サブリナパンツなら、“腰回りがピタピタで、膝下が長く、細身で”っていうふうに細かくオーダーしたはずです。

僕が思うに、こういう行為にすごく意味がある。映画から生み出された服がやがて流行し、その服を着た人は登場人物の気分になり切って、輝いて見える。つまりは、服には“魂”が必要なのです。母がよく“服の中にはいつも魂が宿っていて、見た目以上の価値をもたらしてくれるの”って言ってた。そういうことが大事なんだと思います」

ファッションデザイナーのアレッサンドロ・ミケーレ

好きなことをもっと積極的に
表現すべき時代が来たんだと思う

そして話は、今のグッチを語るうえで、欠かせない「色」の話題へと移っていく。

「色はエネルギーをもたらします。中でも赤はマジカルな色。服作りではさまざまな色を使うけど、いつも迷うと、最終的に赤に落ち着くことが多い。それくらいスペシャルです。僕の色の使い方は、ただ空間を埋めるのではなく、色と形状の組み合わせ。例えばプリーツの上に、左右対称に美しい花をプリントしたら、より立体的に見える。色は一段と映えて、相乗効果で形が浮き上がって見えるんです。

色は催眠術のようなもの。あまり注目されないですが濃いピンクも大好き。時としてすごいパワーを発揮するんです。形を制限する力もある。例えば、エルザ・スキャパレリ(*10)が使ったショッキングピンクもすごいパワーを持っていたんですよ。彼女の作るものはすべて美しく、リボンの使い方など、かわいらしくて儚い感じの表現も素晴らしかった。なにより発想が自由だった。

ピンクは子供の頃を思い出す色だけど、幼い頃のマインドを持ち続けることは、革命的なことです。日本人はそこが長けていると自覚すべきですね。日本に行くと、コレクターしかり、子供の頃のものや思い出を大事にしている人が多いでしょ?幼い、かわいい、という感性はとても貴重。西洋では一度大人になったら、逆戻りは許されない感じがありますからね」

重ね着けされたヴィンテージのような指輪、フレームの大きなメガネ、可憐なコサージュやアイコニックなバッグなど、小物のスパイスをミックスすることによってアレッサンドロのルックはさらに完成度を増す。

「アクセサリーというのは、隠すためではなく、好きで着けるもの。例えば、少しだけ指輪をはめるのと、たくさん着けるのとでは表現がまったく違ってくるでしょう?特にメガネは今、メンズファッションを面白くしているアイテムの一つだと思うんです。掛ける行為もセクシーだしね。これは決してナードな感性ではなく、ある種、男性特有の虚栄心みたいなもの。

ほら、昔は男がお金をにぎっていたし、いろんなことを自由に表現できていたはずでしょう?誰かのアドバイスや評価を気にして着飾るんじゃなくて、もっと好きなことを表現すべき時代が来たんだと思う。ヌードでメガネ掛けてる男性なんてすごくセクシーじゃないですか(笑)」

ファッションデザイナーのアレッサンドロ・ミケーレ

*1:トム・フォードが2004年に抜けた後、05年から約10年間にわたり、グッチのクリエイティブ・ディレクターを務めた。当時のCEOパトリツィオ・ディ・マルコとは、公私ともにパートナーだったが、2人ほぼ同時期にグッチを離れる形になった。

*2:グッチ社長兼CEO。ステラ・マッカートニーやボッテガ・ヴェネタなどを経て、現職。社内で12年にわたりキャリアを積んでいたアレッサンドロ・ミケーレをクリエイティブ・ディレクターに起用した張本人。新生グッチの立ち上げでは、世界各地で3000人近くの社員からヒアリングするなど、そのリーダーシップのあり方が注目されている。

*3:仏教用語で、日本語では「業」にあたる。すべての物事は因果応報の法則にのっとっている。つまり、善い行いも悪い行いも、いずれは自分に必ず返ってくるという考えを説いたもの。アレッサンドロは、インタビューで実際にこの言葉を使うなど、哲学等にも造詣が深い。

*4:1041〜1983。若くして亡くなった、イタリアが誇る偉大なデザイナー。プレタポルテの礎を築いたことで知られる。クリツィア、バジーレなどのいくつかのブランドを手がけたほか、イラストやテキスタイルの分野でも活躍した。

*5:奇怪・不気味といった意味で使われるが、その語源となった、美術様式を指す言葉。動物や植物、人などをモチーフに、さらに曲線模様をあしらった幾何学的な図柄で古代ローマ時代から存在する。文学や建築様式を指すこともある。

*6:グッチの旅行用ラゲージ等について歴史観を含め語っている。もともとレザーグッズのファクトリーとして始まり、フィレンツェの貴族や海外の顧客から旅行用のトランクなどで人気を得て、有名になった歴史があることから。

*7:チネチッタは、ローマ郊外にある映画撮影所。1937年の設立以来、『ローマの休日』『甘い生活』など、数多くの名作を世に送り出している。50年代以降は『ベン・ハー』などアメリカ映画の大作も撮影された。現在も実際に撮影が行われるが、映画村のように一般に公開もされている。貴重な資料や、大型の撮影セットも見学可能。

*8:1961年テキサス州生まれ。デザイナー、映画監督。演劇やコマーシャルの世界から、インテリアの勉強をしたのち、ファッションの世界へ。94年、グッチのクリエイティブ・ディレクターに就任すると、ゴージャスな素材使いとモードな打ち出しで、世界的にグッチブームを巻き起こす。2005年にトム・フォード社を設立し、自らの名前を冠したブランドを展開する。

*9:『ローマの休日』に続き、1954年に公開されたオードリー・ヘップバーンの代表作。共演はハンフリー・ボガートほか。運転手の娘であるサブリナが、富豪の息子と恋に落ちる物語。この作品でオードリーが穿いていた衣装はサブリナパンツと呼ばれ、一世を風靡した。

*10:1890年ローマ生まれ。ココ・シャネルと同時期に活躍したデザイナー。まだ保守的な時代に、自由な感性でファッションとアートを融合させた前衛的なスタイルは、多くのデザイナーに影響を与えた。洋服に初めてショッキングピンクを取り入れたことで有名。1973年没。