劇団ひとりが語る『男はつらいよ』の楽しみ方

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渥美清さんが亡くなった後だから、観るようになったのはけっこう遅いです。全48作を約1年がかりでテレビ放映するイベントがあって、それまで一度も観たことがなかったので、試しにと思って第1作を観たんですね。それが面白かったんです。

第2作、第3作と観るうちに、すっかりハマっちゃって、結局1ヵ月くらいのうちにレンタルで全部観ちゃいました。今のところ、全48作を4周くらいしてます(笑)。

繰り返し観ることができる。しかも何度観ても飽きない

やっぱり寅さんの人柄なんです。愛すべきキャラクターだから、何度も繰り返し観られるんですよね。“カッコ悪いことがカッコ良い”ということを、一番明確にやってくれてる人だと思うんです、寅さんって。男にとって、アンチヒーローの極みですよ。普通、アンチヒーローっていうと、酒飲んで荒くれて、喧嘩上等みたいなやつだけど、寅さんはそういう感じじゃない。

粋がってるけど女にビビってて、器もちっちゃいのかでっかいのかわからないし、見栄張って嘘ついたりもする。そこらへんのカッコ悪い部分が、寅さんだとカッコ良く見える。渥美清さんの役者としての技量なんだと思います。

話がある種のワンパターンだから、何度観ても飽きないっていう部分もありますよね。話の筋が凝ったものって、1回目のインパクトに2回目が勝てないじゃないですか。その点、『男はつらいよ』は一緒ですからね。恋して、フラれて、旅に出る。だいたいその繰り返し。でも、『男はつらいよ』は、観るものというより味わうものなんです。目が肥えてくればくるほど、より深く見えるようになってくるんです。

これから観るという人は、順番に観るべきだと思います。寅さんと〈とらや〉の人たちとの関係性とか、最初から観ないとわかりづらいところもありますし、順を追って、みんなが年を重ねるのを観ていくのも面白いんです。途中から吉岡秀隆さんが演じた満男なんて、甥っ子の成長を観るような感覚がありますから。

とにかく、あったかいんです、『男はつらいよ』って。寅さんも、昔世話になった人が亡くなったと聞けば、線香を上げに行って、そこの娘の世話まで見ようとする。その義理堅さや無償の愛に憧れるんですね。それって、今の自分たちにはないものだからなのかもしれません。自分たちには到底できないことをやってくれている寅さんだからこそ、愛(いとお)しいんです。

『男はつらいよ』の渥美清

「名セリフ」マイベスト3

「男が女を送るって場合はな、女の玄関まで送るってことよ」

第48作『寅次郎紅の花』

リリー(浅丘ルリ子)を4度目のマドンナに迎えたシリーズ最終作。「奄美大島へ帰るリリーが“どこまで送ってくれるの?”と聞くと、寅さんはこう答えて一緒に島へ行くんです。見事な掛け合いですね」

「風がまた丹後のほうに吹いてくることもあらあな」

第29作『寅次郎あじさいの恋』

京都・丹後半島を舞台にした一作で、いしだあゆみ扮するマドンナとフェリー乗り場で迎える別れのシーン。「“もう会えないのね?”と聞くマドンナへの寅さんの返し。キザだけど、寅さんなら粋に聞こえます」

「お前でも暑いか?」

第25作『寅次郎ハイビスカスの花』

シリーズ屈指の人気を誇る第25作は、安キャバレーの歌姫リリーが3度目の登場。その中のこんな場面から。「帝釈天ですれ違いざま、備後屋から“寅さん、暑いね”と言われて、寅さんは捨てゼリフ的にさらっと返すんです。とにかくしゃれてます」

「名シーン」マイベスト3

芸者ぼたんのため、借金取りのもとに行く寅次郎
(第17作『寅次郎夕焼け小焼け』)

「借金を背負った芸者ぼたん(太地喜和子)のため、身をなげうって借金取りのもとへ向かうんです。結局場所がわからず戻ってくるんだけど(笑)、義理堅さにグッときますよね。第17作は一番好きな作品です」

寅次郎、リリーのステージを妄想する
(第15作『寅次郎相合い傘』)

「リリーをキャバレーまで送った寅さんは、そのあまりのボロさに驚いて、とらやのみんなに話すんです。“ふんだんに銭があったら、一流劇場を借り切って歌わせてやりたい”って。寅さん節に泣かされます」

リリーと寄り添う相合い傘
(第15作『寅次郎相合い傘』)

これもリリーが2度目のヒロインを演じた同作から。「雨の中、2人が相合い傘をさす名シーン。“風邪ひくじゃない?”“ひいて悪いかい”というセリフのやりとりも、実に見事ですね。相合い傘を上から捉えた映像も、美しくて印象に残っています」

『男はつらいよ』の楽しみ方

▶ 1作目から順番に楽しむ。

▶ 観るというより繰り返し味わうもの。

▶ その義理堅さや無償の愛を感じる。