カタールで出会った若きアラブデザイナーたち

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 FIFAワールドカップが開催されたことも記憶に新しいカタールは、現代アートやクリエイティブなカルチャーでの文化芸術立国を目指している。その一翼を担っているのが、同国の現首長の妹であるシェイカ・アル=マヤッサ・ビン・ハマド・ビン・ハリーファ・アル=サーニー(Sheikha Al Mayassa bint Hamad bin Khalifa Al Thani)閣下が主導する文化活動促進プロジェクト「カタールクリエイツ(QATAR CREATES)」だ。もともとは1週間にわたりアートやファッション、文化、建築を顕彰するイベントとして2019年にスタートしたが、今年からは年間を通したアートとカルチャーのプラットフォームへと発展。その幕開けとなる10月末には、世界各国からメディア関係者やインフルエンサーやゲストを招き、イスラム美術館のリニューアルオープンや展覧会「フォーエバー ヴァレンティノ(FOREVER VALENTINO)」の開幕を祝うパーティーから展示やパネルディスカッションなど数々のイベントが催された。

 その中でも特に印象的かつ有意義だと感じたのは、中東・北アフリカ(MENA)地域に特化した若手デザイナーを対象にしたコンテスト「ファッション トラスト アラビア プライズ(FASHION TRUST ARABIA PRIZE、以下FTAプライズ)」の授賞式とショールームだ。同コンテストの目的は、グローバルな舞台ではまだ十分に露出していないアラブの新たな才能に光を当て、資金的およびビジネス的な支援を行うこと。審査員には、「ヴァレンティノ」のピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)や「バルマン(BALMAIN)」のオリヴィエ・ルスタン(Olivier Rousteing)、「アンブッシュ(AMBUSH)」のユン(Yoon)、「ロジェ ヴィヴィエ(ROGER VIVIER)」のゲラルド・フェローニ(Gherardo Felloni)といった第一線で活躍するデザイナーをはじめ、レモ・ルッフィーニ(Remo Ruffini)=モンクレール(MONCLER)会長兼最高経営責任者(CEO)、イムラン・アメード(Imran Amed)「ビジネス・オブ・ファッション(THE BUSINESS OF FASHION)」創設者兼CEO、カリーヌ・ロワトフェルド(Carine Roitfeld)「CR ファッションブック(CR FASHION BOOK)」創設者兼ディレクター、アーティストのアレックス・イスラエル(Alex Israel)といった著名人24人が名を連ねた。

 4回目の開催を迎えた今年は、1000通を超える応募の中から、イブニングウエア、レディ・トゥ・ウエア、ジュエリー、アクセサリー、デビュータレント、毎年変わるゲスト国(今回はトルコ)という6部門の受賞者を選出。受賞者には、事業発展のために10万〜20万ドル(約1320万〜2640万円)の助成金(デビュータレントは2万5000ドル(約330万円))と、1年間のメンターシッププログラムを受ける機会が与えられた。アラブ諸国の若手デザイナーを支援・育成するローカルのプログラムやコンテストがほぼない中、「FTAプライズ」を受賞することは、彼らにとってビジネスを発展させる大きな一歩になる。

 それを印象付けたのは、19年度にレディ・トゥ・ウエア部門を受賞したサリム・アザム(Salim Azzam)が壇上で行ったスピーチだ。故郷のレバノンを拠点に、現地の女性職人たちと刺しゅうを生かしたモノ作りに取り組むアザムは、「この賞に応募したとき、私たちには、世代を超えて技術を守り続けてきた女性たちからなるレバノン山の職人コミュニティーのクラフツマンシップを守り、共有したいという夢があった。当時は、1つの部屋に、5人の職人と1台のミシン。私たちの旅路に加わりたいという女性からの400通の応募があり、私は一人でも多くの女性に参加してほしいと思っていたが、その夢には部屋が小さすぎた」と振り返る。そして、「『FTAプライズ』を受賞し、あらためて気付いたのは、自分たちの夢を追いかけることに価値があるということ。1台だったミシンは7台に増え、美しいアトリエへと変わった部屋は60人の女性職人たちの拠点になり、今もその数は増えている。私たちの作品は小さな山間の村から世界へと広がり、私たちの物語、文化、そしてこの地域の女性たちの才能を分かち合うことができるようになった。レバノンにとって暗い時期にも、夢を実現し続けることができたのはこの賞のおかげだ」と、その変化を語った。受賞後にはオンラインショップを開き、さらに今年12月にはホームコレクションを立ち上げるなど、着実な成長を見せている。

 MENA地域には、紛争、貧困、人権問題などさまざまな難題に直面している国が多い。ただ、それらは宗教や政治的信条、伝統な価値観、文化に深く根差したところが多く、すぐに解決されたり、現状が一変したりするわけではないだろう。だからこそ、そんな中でもファッションを通してアイデンティティーや自由を表現し、世界で活躍することを夢見る若きデザイナーたちの希望の芽が花開くためには、サポートが欠かせない。ここからは、今年度のファイナリスト24組が一堂に会したショールームの中で目を引いた、今後の飛躍に期待したい6人のデザイナーを紹介する。

Kazna Asker

 今年度のデビュータレント部門に選ばれたカズナ・アスカーは、イエメンにルーツを持ち、イギリス中部のシェフィールドで育った。マンチェスターでファッションデザインを学んだ後、セント・マーチンズ美術大学のMAに進学。卒業した2022年にブランドを立ち上げた。現在はロンドンにスタジオを構えている。彼女の持ち味は、イギリスのストリートカルチャーに触れながら育ったムスリム女性としてのアイデンティティーや自身が属するコミュニティーを映し出すクリエイション。トラックスーツなどのストリートウエアをベースに、中東で織られたスカーフやラグなどの生地を取り入れたり、民族衣装のアバヤやトーブを合わせたりすることで、オリジナリティーのあるスタイルを提案する。また、地元シェフィールドのコミュニティープロジェクトに貢献したり、イエメンやパレスチナ支援のためのチャリティーに取り組んだりと、慈善活動にも積極的。受賞スピーチでも、人道危機に瀕しているイエメンへの寄付を呼びかけた。

Fatma Mostafa

ジュエリー部門を受賞したファトマ・モスタファは、エジプト出身のデザイナーだ。ファインアートを学んだ彼女は、アーティストとしても活動。芸術作品としてのジュエリーを提案するため、2017年にエジプトで自身のブランドを立ち上げた。特徴は、自身が描いた油絵の風景などを、幼い頃に母から教わったという刺しゅうで表現したデザイン。繊細な色彩と有機的なシェイプを生かして手作業で作り上げられたペンダントやリング、ピアスには、素朴な温もりとアート感覚が同居する。

Renwa Yassine / RENWA

レバノンにルーツを持ち、コートジボワールのアビジャンで生まれ育ったレンワ・ヤシンは、2020年春夏シーズンに「レンワ」をスタート。ベイルートとアビジャンにアトリエを構え、現地の職人と共に代々受け継がれてきた技術や伝統的な織地を生かしたモノ作りを行っている。そんな彼女が提案するのは、クラフトをモダンかつセンシュアルに表現したウエア。ウッドビーズや貝がらの装飾を取り入れたアイテムが目を引く。また、サステナビリティを「継続的な旅」と捉え、豊かなデザインやクオリティーを維持しながらサステナブルなアイテムをできる限り増やしていくことを目指す。現在は、オーガニックコットンやオーガニックリネン、ラフィア、テンセルなどの天然素材や再生ポリエステルを用いるほか、すべて植物性の染料で染色しているという。

Alexandra Hakim

 アレクサンドラ・ハキムは、レバノンと英国にルーツを持つデザイナー。アメリカのロードアイランド・スクール・オブ・デザインでジュエリーと金属細工を学び、2016年にレバノンのベイルートで自身の名を冠したブランドを設立した。現在は、スペイン・マドリードに暮らしながら、デザインを行っているという。彼女の着想源となるのは、ともすれば廃棄されてしまう日常の中にあるモノ。使用済みのマッチや釣り針からスライスされたレモン、実が摘み取られた後のトマトの茎までから直接型を取り、22Kゴールドメッキのブラスやシルバーのジュエリーをハンドメードしている。

Duha Bukadi / PUPCHEN

 チュニジアの首都チュニス出身のドゥハ・ブカディは、建築家としての一面も持つデザイナー。新型コロナウイルスのロックダウン中に、シューズブランド「ププチェン」を立ち上げた。彼女が靴作りにおいて大切にしているのは、サヴォアフェール、快適さ、そしてファンタジー。「超ラグジュアリーなのに、決してシリアスにならない」という思いを叶えるため、シャネル(CHANEL)傘下のマサロ(MASSARO)のアトリエでプロトタイプの制作を行い、イタリアにあるシャネル傘下の靴メーカー、ニラブ(NILLAB)でコレクションを生産している。アイコンは、ロリーポップ(棒付きキャンディー)をモチーフにしたヒールやプレキシガラス製の波打つチャンキーヒール。大ぶりなビーズフリンジや鮮やかなメタリックカラーなどを用いた、華やかで遊び心にあふれるミュールやサンダルをそろえる。

Leila Roukni / TALEL

モロッコ人デザイナーのレイラ・ルーニは、パリのファッションスクールIFMを卒業。「クロエ(CHLOE)」や「イザベル マラン(ISABEL MARANT)」「サンローラン(SAINT LAURENT)」で計10年間レザーグッズの経験を積んだ後、2019年にパリを拠点にジェンダーレスなバッグブランド「タレル」を設立した。提案するのは、カラフルな色使いが目を引く幾何学的なデザイン。コレクションは、イタリアで生産している。アイコンである三角柱のような立体的なシェイプの“トライアングル”バッグには、取り外し可能なナッパレザーの巾着を付属するなど、エッジの効いたデザインと実用性のバランスもポイント。現在は、パリの百貨店プランタン(PRINTEMPS)やセレクトショップのキス(KITH)で取り扱われている。

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