スター柴犬まる、わさお先輩に会いに行く

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インスタグラムのフォロワー数230万人を超える、世界一有名な柴犬、まる。日本各地を巡りながらその愛くるしい笑顔を振りまいてきたまるが東京から一路、東北道を北上。旅の終着地は、元祖アイドル犬、わさお先輩の住む青森県鰺ヶ沢だ。2匹のスター犬が共演した冬の東北、旅の物語。

まるが歩けば笑顔が溢れる。行ってきたぜ!東北

スター柴犬まる
松島・西行戻しの松公園でファンの人々との交流を終え、少し誇らしげな表情のまる。彼方で待つ先輩に、思いを馳せているのか。

「まる〜♡かわいい!」「こっち向いて〜!」。まるはどこへ行っても人気者だ。「突然ですが松島に行きます」と、まるのTwitter(現X)での呼びかけで集まったファンは、ざっと100人超え。聞けば、仙台、福島、山形、新潟、そして東京から、まるに会おうとたくさんの愛犬家が集っていた。

まるがお手をすれば拍手喝采。まるが走ればみんなも走る!ファンに囲まれ、記念写真にも穏やかに応じる、まる。「まるの魅力はまるっこいところ!」「優しい笑顔に癒やされる」。この日集まってくれた人々の熱気は、世界中からのコメントで溢れる彼のインスタグラムの盛り上がりを体現してくれるものだった。

愛犬家の間では人間やほかの犬に対しても警戒心が強いといわれる柴犬において、まるまると愛嬌があり、しかもよく“笑う”まるは確かに特別な存在なのかもしれない。「きっかけは東日本大震災でした。不安やデマで埋め尽くされたSNSに、私はまるの写真を投稿し始めたんです。

当時の風潮では不謹慎と捉えられてもおかしくない状況でしたが、少しでも不安が和らぎ、見た人がまると同じように笑顔になってくれたらと思っての行動でした」と語る“パパ(小野慎二郎さん)”の思いを知っているのか、行く先々、道行く人々に声をかけられ、差し伸べられる手にまるは穏やかに体をゆだねる。綿雪が舞う東北にたくさんの笑顔を咲かせながら、わさおが待つ青森県に向け冬の東北道を車はひた走った。

シティボーイまる、海の男わさお。男と男、無言の対話

左/わさお、右/まる
そして、2匹は出会った。

その時、2匹は一度も目を合わせることはなかった。その場の空気が張り詰める。いまだかつて経験したことのない緊張感。目の前に、わさおがいる。厳しい日本海の風雪に耐え、苦難の日々を歩んできた男の姿は大きく、威厳に満ちている。しかしその目は、静かで優しい。まるは、そのふさふさと大きな相手に興味を示し、少し近づく。けれど、わさおは決して顔を向けない。

諦めたまるが背中を向けた瞬間、初めてわさおがまるに一瞥をくれる。視線を背中に感じたのか、まるが振り向く。わさおは再びスーッと視線を外す。無言の攻防が、どれくらい続いただろう。じっと様子を見守っていたわさおの“母さん”、菊谷節子さんが口を開く。

「わさおはね、無口だけど優しいんよ。人間なんか敵わんくらい。ひもじい思いをしてきたから、ほかの犬や猫たちのために必ず自分のご飯を半分残してやるし、自分より弱い生き物には絶対に吠えん」

2007年、迷い犬だったわさおは節子さんに保護された。“ネットで話題のブサかわ犬”として人気を博し、彼が題材の映画『わさお』(11年)にも主演、一躍スター犬に。今も変わることなく鰺ヶ沢のイカ焼き屋、七里長浜きくや商店で暮らしている。わさおは秋田犬長毛種という珍しい犬種だが、秋田犬元来の強い力を無駄に振るうことはないという。

その時、風が強くなったかのようだった。まるが初めてうめき、吠え声を上げたのだ。旅の道中、まるが吠えたのはこれ一度きり。目の前の大きな存在への不安と緊張に耐えられなくなったのだろうか。まるの必死の吠えを無視するわけでもなく、わさおは静かな横顔を向けたままだ。ふいに、小野さんがわさおの鼻先に匂いを嗅がせるように手を差し出し、「はじめまして」と挨拶を交わした。続いて節子さんも、「遠くからよく来たぁ」と、わしゃわしゃとまるを撫でてやる。その瞬間から、2匹を包む空気が変わるのを感じた。

「人が犬をしつけるんじゃない。犬が犬をしつけ、育ててくれる。むしろ自分たちが教えられることの方が多いんです」と小野さん。2人の飼い主は、共に同じ想いを持って犬に向き合ってきた。人間の都合を押し付けず、犬同士のやりとりにはめったなことがない限り立ち入らない。

2匹がどんな会話を交わしたかはわからない。が、一定の間合いを保ちつつも、いつしか2匹の目は互いを受け入れたのか穏やかだ。鰺ヶ沢を去るまるの表情には、愛らしさの奥に屈強な男のそれが宿っていた。

わさお
東京から遥々やってきたまるに冬の厳しさ、そして真の男の姿を背中で語るわさお。さらば、友よ。見送るその姿は、まるで白い獅子。