【インタビュー】デザイナー・柳原照弘の思考を可視化した神戸の新拠点〈VAGUE KOBE〉一部公開中。

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May 18, 2023 | Design, Architecture, Art | casabrutus.com

プロダクトデザインや空間デザイン、そしてクリエイティブディレクターとして、国や多様な分野を横断し活動を続ける柳原照弘。その柳原率いるTERUHIRO YANAGIHARA STUDIO(TYS)が、異国文化が交錯し発展を遂げた港町・神戸に自身の新たな国内拠点〈VAGUE KOBE〉を2023年夏にオープン予定。それに先駆け、ギャラリーを先行公開中。クリエイションの起点として、「VAGUE=波のように連なりを生み出す」その思考に迫ります。

柳原照弘。コロナ禍の2021年、フランスのアルルに開設したスタジオ兼アートギャラリー〈VAGUE ARLES〉に続き、2拠点目となる〈VAGUE KOBE〉をこの夏、オープンする予定。柳原のクリエイションに共感するアーティストたちが国内・海外から集まり、波のように広がっていく。そんなプラットホームが誕生した。

柳原照弘のクリエイションの傍らには、不思議といつも人や土地、状況との出会いや縁のようなものが存在している。「デザインする状況を、まずデザインする」。当初から持ちつづけているそのスタンスをひもとくと、それは決して偶然ではなく、彼によって導き出された必然であることにだんだんと気がついてくる。

彼のデザインのプロセスは、まず本質を掘り下げて知るための行動から始まる。それは実際に現地で暮らし、地域に置かれた状況を土着的に理解、体感した上ではじめて輪郭に落とし込むというように。その過程において、さらにデザインに必要な要素が人も含めてシンクロニシティとなり、ごく自然と彼のもとに集まってくる、そんな感覚に近い。

入浴という行為を儀式になぞらえ、新たなバスカルチャーをデザインした〈SKUNA〉の展示。アートディレクション、プロダクトデザイン、クリエイティブ面の全てをTERUHIRO YANAGIHARA STUDIO(TYS)が担当している。

クリエイティブディレクターとして有田焼の価値を再構築し、国内、海外での広域に渡る展開を実現させた〈1616 / arita japan〉、16組の日本と海外のデザイナー達が参画し、佐賀県とオランダを繋ぐ世界を股にかけたプロジェクト〈2016/〉などはその最たる例と言えるだろう。

「デザインの仕事は当然ひとりではできないし、新しいものをただ作るだけじゃない。何かを作るには、作る場所にいる人たちが必要だから、作る。その根幹を深く知らないままでは自分は受けられないですね。その土地が持つ、歴史、文化、根付いてきた慣習、暮らす人々。そういったことを、純粋に知りたいっていう本能欲求に導かれている感じです」

最近では、新しいバスカルチャーを提案する〈SKUNA〉のブランディングを含めたプロダクトデザイン、〈マメ クロゴウチ〉の旗艦店の空間デザインなど、その活動は縦横無尽だ。スウェーデンの〈OFFECCT〉を始めとする海外のクライアントとの協働も多い。

新拠点の〈VAGUE KOBE〉では柳原のデザインアプローチとその思考がより具体的なものとなり、可視化される。それはスタジオとしての役割以外に、ギャラリーやカフェも併設され、アーティストのみならず一般にもフィジカルな体験の場がシェアされるという点だ。

〈VAGUE KOBE〉が入る〈チャータードビル〉はジェイ・ヒル・モーガンの設計により、1938年に竣工された神戸旧居留地を代表する歴史的建造物の一つ。機能主義への変容と第2次世界大戦開戦前夜という激動の時代の中に現れた、最後の古典主義建築だ。外観には古代ギリシャのイオニア式列柱が用いられ、神戸大空襲時の銃跡が残る。

先行してギャラリースペースを公開する柳原に、経緯を尋ねてみた。

「コロナ禍の中で空間がどんどん縮小され、人との対話がオンラインに移り変わりみんながそれに慣れ始めた時、何か歪みのようなものを感じて。自分は空間をデザインする立場なので、あえて逆の発想で今だからこそフィジカルに体験できる空間を作りたいと思いました。見た目の良さだけではなく、ここで誰と会って、どういう時間や質を体験するかが重要で、求められていることだと感じたんです。そこで、まず2021年にフランスのアルルに〈VAGUE ARLES〉を作りました。神戸はその2拠点目になります」

2021年、フランスのアルルにオープンした〈VAGUE ARLES〉内観。 photo_François DELADERIERRE

国内外のクリエイターやアーティストが頻繁に訪れる場所は東京や大阪、京都などが多いが、香川出身の柳原にとって、神戸は海の向こうに淡路島、そして香川や直島などが繋がるハブとなる中継地点。この地にワンクッション挟むことで、日本の西側にも文化やクリエイションが広がっていく、そんな拠点を作りたかったのだという。〈チャータードビル〉は建物そのものが持つ良さに加え、神戸の歴史的背景としても申し分ない物件だった。

フランスに〈VAGUE ARLES〉を開設して約2年。仕事で呼ばれて赴くのではなく、自らの拠点を作り発信を始めたことで様々なアーティストたちとの繋がりが生まれた。その体験を、さらに昇華させた形だ。    

〈VAGUE KOBE〉4Fギャラリーのエントランス。配置された李朝家具(写真左)は、石井直人の器に魅せられた柳原がその器に合う棚を探し求めていた時に、偶然、古道具屋で出合ったもの。長らく非売品にされるほど希少なものだったが、実は、唯一店主から購入を許可されていたのは偶然にも石井直人本人だったという。最終的に石井は購入しなかったことにより、棚は柳原のもとにやってきた。

1938年に竣工された、重厚で趣のある〈チャータードビル〉の4階にそのギャラリースペースはある。足を踏み入れた先には土壁の空間が広がり、藁の繊維質と亜麻仁油が染み込んだ自然素材の壁面が空間全体を覆う。絶妙な塩梅のノスタルジックさとモダンさを孕んでいる、そんな印象だ。

ギャラリーはプロムナード方式になっており、また次に出合うアートへの期待に誘われつつ散歩道を歩いているかのような感覚に襲われる。柳原は空間の設計をする際に、見るだけではない体験を意識してデザインすることを一貫し続けてきた。思い描いていた構想はこの物件を初見した時に、より現実なものになったという。

藁を混ぜた質感の土壁。亜麻仁油で仕上げたもの、無垢な状態の壁など空間によって微妙な違いが付けてある。

「ギャラリーは次の空間への想起を呼び起こすため、開かれた部屋の奥にアートが見えるような配置にしました。通常、大きな壁面のスペースがあるとそこに作品を展示しますが、あえて次の部屋や通路側に配置にし、奥行きの向こうに作品が見えたり、サイドの通路側から見切れた作品が窺えるようにしています。

回遊する観客はアートを体感しながら、また次の体験へと誘われる。そのことによって、順序通り見るだけではない能動的な動きが生まれる、そんなイメージです。空間は部屋によって変化しますが、連なりとして繋がっている。シークエンスと建築的プロムナードが共存する発想に近いですね。ずっと頭の中で考えていたことが、この建物と出合ったことで、一気に具体的な構想に変わりました」

〈VAGUE KOBE〉ギャラリースペース。もともと残されていた扉を外し、スペースを埋めたり新たに開口を加えたりしながら、順序と連なり(=シークエンス)を持ちつつ自由に回遊できる空間を生み出した。奥の部屋に見えるのはフランシス・ハラードによるアイリーン・グレイの自邸を撮影しペイントを施した作品。フランシス自身も改装中にこの場所を訪れており、今回、ギャラリーに合わせて送ってくれたという。左側は坂本紬野子、右奥は石井直人の作品。

ギャラリーはおよそ650平米ほど、柳原と親交のあるアーティスト約50点以上の作品が展示されており見応えも充分。アルヴァ・アアルトの1920年代に作られた真鍮のハンドルやバーナード・リーチの器など、柳原の原点とも言える思い入れのある作品たちも展示されている。現在は週末のみ4階にあるギャラリーを一般公開しているが、今年の夏のオープンの際にはギャラリーに加え、新たにカフェも開かれる予定だ。

スウェーデンのデザイナー、インゲヤード・ローマンの器が佇む通路脇の一角。柳原にとって、もっとも尊敬するアーティストであり友人でもある彼女はこれから開設するカフェのためにオリジナルの器を製作してくれているそうだ。

「フランス・アルルに〈VAGUE ARLES〉を最初に作った時、ヨーロッパとの繋がりを作りたいという思いもあったのですが、いろいろな人たちが関わることで初めて成り立つクリエイションに対しての実験的な場でもありました。アルルに拠点を置いたことで出会ったアーティストたちが日本へ来た時にまだ工事中でもここに立ち寄ってくれるようになって。自分たちが想像していたことが現実になってきたことで、みんなが繋がっていくような場所の必要性も改めて感じましたね。今後はスタッフが活動しているロンドンや台湾などに、〈VAGUE〉をもっと拡げていきたいと思っています」」

4Fのギャラリースペースの奥に予定しているカフェコーナー。「建物が持つ記憶を残したい」と、あえてこの状態のままにすることを決めている。何層にも重なったペンキやタイルを剥がした痕跡が歴史を物語る。

柳原と共感する人々との連鎖から、クリエイションの新たな可能性を広げる〈VAGUE KOBE〉。ギャラリーに加え、これから着手する3階部分はTERUHIRO YANAGIHARA STUDIO(TYS)のスタジオに加え、柳原がこれまで手がけた〈1616 / arita japan〉や〈2016/〉、〈SKUNA〉を始めとしたアーカイブコレクションを見ることができるショールーム機能を併せ持つ。

人が集まり、繋がり、ひとつの出来事から波のようにゆらゆらと世界に拡がる偶発的なクリエイションの形。〈VAGUE KOBE〉は、呼応しあうアーティストたちとクリエイション、そしてそれらを体感する人々の連鎖によって、伝えていきたいストーリーがまたひとつ、新たに生み出されていくに違いない。

〈VAGUE KOBE〉屋上はまだ手つかずの状態。むき出しの壁に囲まれて、アーティスト・写真家の八木夕菜によるアクリルを使用した透明度の高い作品が点在する。

〈VAGUE KOBE〉

兵庫県神戸市中央区海岸通9-2。

柳原照弘

やなぎはら てるひろ 1976年香川県生まれ。大阪芸術大学デザイン学科を卒業後、2002年に自身のスタジオを設立。「状況をデザインする」という思考から生み出されるクリエイションはプロダクト、空間デザイン、ブランドディレクションまで国内外の多岐に及ぶ。コロナ禍の2021年、フランスのアルルに開設したスタジオ兼アートギャラリー〈VAGUE ARLES〉に続き、2拠点目となる〈VAGUE KOBE〉が一部開設。