【本と名言365】小林カツ代|「私は死んでも…」

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September 23, 2023 | Design | casabrutus.com

これまでになかった手法で、新しい価値観を提示してきた各界の偉人たちの名言を日替わりで紹介。家庭料理のカリスマとして知られる料理研究家の小林カツ代。考案したレシピは1万以上という彼女が伝えたかったこと。

小林カツ代/料理研究家

私は死んでもレシピは残る

定番の黒いワンショルダーのエプロンを身に纏い、ショートカットに三日月形の目、赤い口紅でニコッと明るく笑顔を絶やさない。そんな姿が印象的な、料理研究家の小林カツ代。1980年代頃から「おいしくて、安くて、早い」をモットーに「肉じゃが」「ハンバーグ」「コロッケ」「グラタン」など、毎日の食卓で活躍する数々の家庭料理レシピを紹介し、働く女性たちから圧倒的な人気を誇った。2005年に病に伏してから本人によるメディアへの露出はなくなったが、2014年に亡くなった後も依然としてカツ代人気は留まるところを知らない。

小林カツ代が料理研究家として一気に知名度を上げたのは、94年にテレビ番組「料理の鉄人」へ出演したのがきっかけだ。この番組は「鉄人」と呼ばれる中華・フレンチ・和食の名だたるシェフたちと「挑戦者」と呼ばれるゲストが、ひとつのテーマに基づきキッチンスタジオ内にある器具や食材を使って即興で調理をし、審査員が試食し点数を競うもの。挑戦者カツ代は、当初主婦代表として出演して欲しいと番組側から言われたのを断固拒否、肩書きに主婦の文字は冠さなかった。後の雑誌インタビューで、当時のことをこう語っている。

「『主婦』ということで私のステイタスを上げようとしているのなら、主婦でない人にも主婦にも失礼ではないか」

テーマ食材はジャガイモ、対するは鉄人・陳健一。彼女は得意の肉じゃがに加え、手早く家庭料理7品を披露し、見事勝利を勝ち取った。

料理研究家として家庭料理を研究し尽くし、多数のレシピを考案したカツ代だが、レシピには「おいしくて、早くて、安い」「特別な材料は使わない」「食卓にはユーモアがないといけない」という三つの約束事があった。地元の商店街でも売っている食材や調味料を用いる、二口コンロで作れるレシピにする等、徹底的に読者や視聴者の立場に立ち、時に制作サイドと戦いながらレシピを発信し続けた。

「日本のお母さん」「主婦の味方」等、日本の古きよき母親像をカツ代に重ねる人も少なくないかもしれないが、彼女は働く女性のためのレシピやエッセイを多数発表している。「『料理は手をかけるほどおいしくなります』なんて、そんなのウソ」(『食の思想』より)と言い、週に一度家政婦に来てもらうことや、スーパーで売っている焼き鳥で焼き鳥丼を作る等、市販品の惣菜をアレンジしたレシピを積極的に提案。時は80年代、まだまだ母親の手作り神話が全盛の時代に、働く女性たちへ、目まぐるしい毎日で時には手を抜いてもいいじゃないかとメッセージを送った。その助言でどれだけ多くの女性たちが救われたことだろう。

この言葉は晩年彼女が近しい人たちに言っていた言葉だというが、まさにカツ代のレシピは現在でも色褪せず、たくさんの家庭の食卓を彩っている。

大阪の豊かな商家に生まれ、ファッションデザイナーを目指す才能豊かなカツ代が何故料理の世界に足を踏み入れたのか。小林カツ代の家庭料理の真髄を解きほぐす決定的評伝。『私は死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』中原一歩著、文藝春秋735円/2014年

こばやし・かつよ

1937年大阪府出身。料理研究家、エッセイスト。2014年に76歳で逝去。母の味を原点に「美味しい、早い、安い」をモットーに数々のレシピを紹介し、多くの働く主婦たちからの支持を得た。出版されたレシピ本やエッセイなど書籍も多く、230冊以上にのぼる。小林カツ代キッチンスタジオは、カツ代亡き後もウェブサイト「KATSUYOレシピ」にて発信し続けている。https://recipe.sp.findfriends.jp/